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March 22, 2007

西部邁の正論「保守の未熟が「差別」を招来する」

 3月19日付産経新聞の「正論」欄に、西部邁氏の「保守の未熟が「差別」を招来する」が掲載されていました。含蓄のある文章で、何度も読み返しました。

 昨年から、私は、「自由」を至上価値としている人たちと論争してきました。「自由、平等」という観念が、現実にはいかに逆の現象を引き起こすことになるのか、フランス革命など、歴史を知る人にとっては自明のことです。また、「民主主義」が実は、強力なリーダーの存在を前提とするというパラドックスを秘めたものだということも、古代ギリシャなどの歴史を知るものにとっては、よく知られたことです。現実や歴史に目を向けず、一見、素晴らしいものに思える観念のみを信奉するのは、単細胞としか思えません。櫻井よしこさん曰く、「歴史を知らない人間は、人間とはいえない」

 

現実と観念との間のバランスをきちんと理解できる人こそ、真の知識人といえるのではないでしょうか?西部氏の慧眼とバランス感覚は、日本の論客の中では随一といえるかもしれません。渡部昇一氏も、もちろんいまや日本を代表する大論客です。

■自由・平等の自己否定
歴史的所与としての秩序から遊離したような自由は、かならず放縦に舞い上がる。その無秩序に誰しも耐えられず、で、秩序回復の動きが始まり、その動きが加速されて抑圧がやってくる。つまり自由が抑圧に逆転する。(自由、自由と叫んでいる人が抑圧を引き寄せているわけですね。撫子)

歴史的な所与としての格差から切り離された平等も、間違いなく画一に凝り固まる。その不自由にたまりかねて、人々は格差の再現を望み、その動きが暴走して差別が招来される。つまり平等が差別へと逆流していく。(社会主義革命もその例なのでしょうね。結局、人は本質的にヒエラルキーを求めているのだと思います。撫子)

■「活力・公正」が徳義
 国民にあって、自由を発揮するのも活力だが、秩序を維持するのも活力である。そうならば、理想の自由と現実の秩序のあいだを平衡させるのが真の活力だと見定めなければならない。

 同じく平等という理想と格差という現実の間を平衡させるのが真の公正なのである。

 歴史感覚のある者は「活力と公正」、それを徳義の体系の頂点にすえなければならず、そうするのが保守思想の基本である。(ヘーゲルの弁証法を用いていえば、理想と現実との対立、そしてそれらの止揚によって、歴史は進歩しているといえるかもしれません。そういう意味では、アンチテーゼをすべて否定するわけにはいきません。しかし、より大事なことは、それらを止揚する感覚といえるのではないでしょうか?撫子)

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